水琴窟 11

水琴窟 十一
問、阿弥陀如来は何処にいらっしゃるの
答、
観無量寿経の第七華座観に、(2の11)
『仏告阿難、及韋提希、諦聴諦聴、善思念之、仏当為汝、分別解説、除苦悩法』と呼びかけて、更に『説是語時、無量寿仏、住立空中』と説かれています。
この経説にこそ、釈迦・弥陀、二尊の教の神髄が語られているのです。この経説について、善導の解釈は、『まさしく娑婆の化主、物の為の故に、想を西方に住せしめ、安楽の慈尊、情を知るが故に、すなわち東域に影臨したもうことを明かす。これすなわち二尊の呼応異なることなし、ただ隠顕殊あり』と言います。
釈迦が『除苦悩法を説かん』と言った、その声に応えて弥陀が空中に住立したというのです。これを『応声即現』と言います。これが、『二尊の呼応異なし』ということです。二尊一教という事実です。所が、『ただ隠顕殊あり』と言われています。
『顕』は弥陀が顕われたということですが、『隠』とは何う云う事でしょうか。弥陀が顕われた時、釈迦が隠れたのです。それまでの釈迦は、『身紫金色にして、百宝蓮華に座す』と言われていました。その釈迦が隠れて、弥陀が顕われたのです。なぜこんなことが言われているのでしょうか。経典にはそんなことは説かれていないのですから、善導が勝手に『隠顕殊あり』と言ったのです。
これは善導の経典解釈の凄さであります。一方は顕れ、片方は隠れたのです。これが、『二尊二教』の妙味であります。
『阿弥陀如来はどこにいらっしゃるの』という質問でした。阿弥陀如来は観経に説かれるように『空中に住立』する形で我々の前にいらっしゃるのです。しかし、いくら探しても我々は、それを見ることはできません。人間の目には見えないのです。
イダイケ夫人が、『我今、仏力に依るが故に、阿弥陀仏及び二菩薩を見奉ることを得たり』と言います。仏力を得なければ、いくら目の前に阿弥陀仏がましましても、我々凡夫には見えないのです。即ち、釈迦牟尼仏ましまさずば、阿弥陀仏にはお会いできないのです。
イダイケ夫人には、お釈迦さまがいらっしゃるからよいのですが、釈迦滅後の我々は如何すれば良いのでしょうか。其処に観無量寿経の大切な問題がありました。
観無量寿経では、この問題をイダイケ夫人の釈尊への問として語ります。阿弥陀如来の住立空中の出現は、それまでの仏教の歴史をひっくり返す程のインパクトのある問題であります。
それまでの仏教の歴史では、仏陀は必ず坐像として表わされてきました。仏が仏座から立ち上がると言う事は考えられません。仏座は悟りの境地であります。その佛座を捨てて立ち上がって動くと言う事は有り得ない事なのです。立ち上がっているのは全て菩薩であります。菩薩は衆生済度の為に立ち上がって動き回るのです。
所が、観無量寿経では、阿弥陀仏が立ち上がって出てきたのです。此れは正しく驚天動地の出来事であります。
そもそも、此の観無量寿経は、いつ書かれたものでしょうか。経の序文にある『王舎城の悲劇』は、ギリジャ神話の『オイディプス王物語』に類似していますから、西暦紀元前五世紀頃の発想ではないかと考えられます。その頃は、ギリシャとインドには、文化的交流があったものと思われます。
従って、王舎城の悲劇の物語は、それ以前の永い歳月を経ての思想が蓄積されて出来上がったものと思われます。
仏陀は人間の理想であります。その理想に向かって、努力して登って行く事が、理想追及の人間の理想的生き方です。それを捨てて人間の煩悩に流されて生きる事は、人間の堕落であります。
しかし、この理想実現は容易の達成されません。人間が何度も何度も取り組んでは失敗して来たものであります。その失敗の歴史がここに凝縮されているのです。
阿弥陀仏の本願にのみ、臨終来迎が誓われています。平安貴族は、臨終来迎に縋って、ひたすら、弥陀の浄土に往生する事を祈りました。罪悪深重のわが身には、とても理想実現は覚束ないと悟ったからであります。
しかし、親鸞聖人は、『臨終待つ事なし、来迎頼む事なし』とはっきり否定しました。此処には、親鸞の平安仏教への批判精神があります。
平安貴族の来迎信仰はに、一応の正当性があります。それは、聖道門の理想主義はもう実現不可能だからであります。それは、隋の時代の道綽禅師に依って宣告せられています。(道綽決聖道難証、「正信偈」)、此の事は、既に、大無量寿経の本願に誓われているのです。
理想主義の破綻は、随分、古い時代から自覚されていたものでしょう。しかし、それを真正面から認める事は、容易ではありませんでした。人間は、能々表面を飾りたい性格を持っているのです。腹の中では認めていても、表面からは、認められないのです。
ですから、理想主義の破綻は、うすうす気づかれてはいても、誰も正面切っては言い出せなかったのです。其れを、はっきり宣言したのは、道綽の勇気ある宣言でした。
人間に生まれて、理想の実現を求めて志を立て出発したのですが、志半ばで寿命が尽きて死んでゆかねばならない者の為に、如来が迎えに来て下さると言うのが臨終来迎の思想です。こんな有難い救いはありません。何故、親鸞は此れを否定したのでしょうか、其処には、親鸞の毅然たる信仰心があるのです。
親鸞聖人は教行信証に『因無くして、他の因の有るには非ざるなり』と言う言葉を二度も三度も引用しています。
一つは、12の66で、次が、12の76、12の127です、論註の浄入願心章の文を直接出しています。もう一か所、12の122は同じ文章が引用されていますが、其処には『因無くして・・・』の言葉がありません。其れだけ同じ言葉が引用されているのは、
親鸞聖人がこの問題を重視していた訳で、我々もこの言葉の意味を大切に頂戴すべきでありましょう。
この言葉は、曇鸞の論註の言葉でありますが、その背後に竜樹の般若の思想があります。般若思想は、他因説と無因説を、共に人間の正しい生活態度ではないと否定するのです。、
(続く)

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