水琴窟 33

   水琴窟 33 
 問、篤く、三宝を敬へ(続き)
答 家内に『サンガに帰依する』に就いて、どう思うかと聞きました。すると、暫らく考えていましたが、昔、大森先生に『どうしたら良い坊守に成れますか』と質問したら、大森先生から、『住職のお話が、有り難く聞けるように成る事だ』と言われたことがあります。と教えてくれました。
 これは大変な事だと思いました。夫婦は、互いに相手の欠点を、いや程見て来ました。その夫の法話は素直に聞けないものです。其の夫の存在を『サンガの一員として』、拝む事は、念仏者としての大切な生きる姿勢でありましょう。 『サンガに帰依する』と言う事が成就して居ないと、夫婦の間で仏法を語り合う事は出来ません。しかし、夫婦の間はまだしもですが、子や孫に仏法を聞いてもらう事は、最も難しい事であります。『サンガに帰依する』と言う事が無ければ,子や孫に佛法を伝えることが出来ないのです。若し仏法が子供や孫に伝わったとすれば、其処には、サンガの目に見えない働きがあっての事です。僧宝の功徳を感謝すべきであります。仏・法・僧の三宝に帰依する事が、仏法の重大な法則であることを頂くべきであります。
 所で、聖徳太子の名で伝えられている十七条憲法の作者は、どういう人であったのかと言う問題も考えてみる必要があるかと思います。
 勿論、仏教に精通した人でありますが、しかし、仏教を伝えた中国では見られないような人物です。此処には、日本独自の思想が有るようです。それは一体何処から来たのでしょうか。                             
 弥生時代に、大陸から文字を伴って優れた文化が、日本に伝えられ、やっと文化らしいものが日本に生まれたのだと言う説を、私達は信じて来ました。確かに、文字と言う文化は中国伝来でありますし、仏教も大陸伝来であることは否めませんが、それ以前には、日本には文化は無かったのでしょうか、今日では何も分かって居ませんから、どうとも言えません。  
 しかし、縄文時代と言う時代が一万年も続いて居たと言われています。その間に日本には、何の文化も発達しなかったのか、そんなことはあり得ませんから、縄文文化と言うべきものが存在していたと思われます。それがどのようなものであったかは、歴史が消されてしまって、今の所、分かりませんが、今後、縄文時代の研究が進めば明らかになるかと思われます。それを伝えているのは、アイヌの文化であります。アイヌの文化は、大和朝廷に依って抹殺されて仕舞ったのです。
 私の憶測ですが、縄文時代の宗教が、『神道』の祖型であろうと思われます。神道も変形されていますから、元の形は復元しにくいのですが、神話として受け継がれて居たものがあって、それが、モンゴリアンの神話として、現在も、遠くアメリカ大陸の原住民にまで、受け継がれているものと思われます。
 そのモンゴリアンの神話が、日本では『阿弥陀仏信仰』として定着したのでは無いかと思われます。十七条憲法、第一条の『和を以て貴と為す』と言う言葉などは、中国にはいきなり出て来ない思想では無いのかと思われます。此処には日本独特の発想が見られるように思うのです。
 更に、善導によって一応完成した浄土教ですが、法然・親鸞によって『浄土真宗』と言う独特の発展を遂げたのは、日本独自の功績であります。
 この様な思想を受け入れる温床として、縄文文化が日本には用意されていたのではないかと思います。大無量寿経は、勿論、大陸伝来でありますが、これを受け継いだ日本では、法然では『選択本願』、親鸞では『如来回向の信心』と言う教として、独自の発展を成し遂げました。此処に、聖徳太子以来の日本仏教の独自性が在るのです。
 この様な日本独自の思想の温床が、縄文時代に育まれていたのであると思うのです。今後、縄文時代はもっと大切に研究されねばならないと思います。
 そこで、サンガに帰依すると言う本題に戻ります。先に申した様に、仏教に帰依する事は、機の深信に徹する事であります。これも、清沢満之に始まる、近代教学であると言われていますが、曽我量深・金子大栄・安田理深に受け継がれた教学であります。
 爾来、大谷派には、蓬茨祖運・仲野良俊・広瀬杲等々の優れた人材を生み出しました。私は幸いにもこの様な良き師に、お会い出来て今日があります。私の出発は、勿論、夜晃先生でありますが、先生亡き後、実に多くのよき師よき友に恵まれて来ました、これ偏にサンガの御恩徳であります。 
 大谷派では、親鸞七百回忌の準備と称して、10日間の伝道研修会が開催されていました。その研修会に何回も何回も参加して鍛えられたものです。或る人が『伝道研修会と掛けて、何と解く』と謎をかけて、『寺の釣り鐘と解く』と言っていました。心は、『吊し上げて、叩き上げる』です。
 10日間の吊し上げは厳しいものでした。そんな研修会を続けて受けることによって鍛え上げられた猛者たちが、うようよしている時期がありました。現在ではとても考えられない時代であります。そんな時期を潜って現在の大谷派があるのです。
 このサンガの働きによって、教法が護られて来ました。現在は少し中休みの時期ですが、又火山の噴火の様に、そんな激しい時代が来るでしょう。この様にして念仏は伝承されて来たのであります。
 光明団のサンガも、願わくば、更に継続して欲しいのですが、如何なりますか、それは御因縁に任せて、先ず我々の為すべきことは何かを考えてみる必要があると思います。何度も言う様ですが、サンガの意義に目覚めてサンガを守護する工夫を為すべきであります。
 サンガを守護する為には、先ず、サンガに帰依する事です。其の為には、サンガの行事である講習会に参加する事です。講習会に参加する事は、自身の聞法の為でありますが、同時に、サンガを尊敬し、サンガを維持する事に成るのです。
 サンガの働きを頂かなくては、子供や孫に仏法を伝えることが出来ません。ましてや、周囲の人に仏法を伝える事も出来ないのです。これは目に見えませんから、忘れられて居るのですが、流石に、仏教の叡智は此れを見出して、『篤く三宝を敬へ』と教えたのです。 サンガと雖も、人間の集まりである以上、意見の相違が生じます。その時、如何するかが問題であります。『機の深信』の目覚めが無くては、この問題が超えられないのです。
 『俺は、機の深信に目覚めているが、お前はまだ駄目だ』と言うのは、機の深信ではありません。独りよがりの邪見です。『我も人も、業縁に流され、業火に焼かれている、煩悩具足の身であると、相手の前に頭を下げるのが機の深信であります。
  宝林宝樹微妙音 自然清和の伎楽にて
   哀婉雅亮すぐれたり 清浄楽を帰命せよ
  清風宝樹をふくときは いつつの音声いだしつつ
  宮商和して自然なり 清浄勳を礼すべし (11の16)
これは浄土の樹木の有様ですが、実は、浄土の人々が、多く集まって暮らしている姿であります。
 宮商和して自然なりとは、宮商は、中国の五声で、宮(ド)商(レ)角(ミ)徴(ソ)羽(ラ)の音階ですので、宮と商は和音ではありません。しかし、愛憎善悪の心を浄土に流すことによって、サンガの世界では、『宮・商』も相和するのです。
 一人一人の思いは、千差万別ですが、念仏によって、一つになれる世界が、サンガの世界であります。浄土の樹林は其れを語るのです。
 今日、一応、人の前で仏法を語る人は、仏法に就いて理解しているという自信を持っていますから、中々相手の前に頭を下げることが出来ません、しかし、ここに仏法教団破滅の落とし穴があるのです。
 蓮如上人は『誰のともがらも、「我はわろき」と思う者一人としてもあるべからず、これ併しながら聖人の御罰を蒙りたるたるすがたなり。(中略)これと言うも何事ぞなれば、真実に仏法の底を知らざる故なり』(30の10)と厳しく戒められます。合掌恭敬して、この蓮師の教戒を仰ぐ可きであります。
                        

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