水琴窟 35

   水琴窟 35 
 問、純粋贈与
答 母の胸に抱かれて、無償の愛を享受した幼児体験を持っていない人は、一人もいないのでありましょう。仮令、母の縁は薄くとも、母に代わって育てて呉れたお蔭で、今この身があるのです。この無償の愛に、お返ししなければならないと思う心から、経済と言う概念が生まれたのであると言われています。   やがて、等価交換と言う考えが生まれ。貨幣が発明され、更に、より少ない代価で多くの物を得ようとする人間の欲心から、搾取と言うものに発展して、遂に、戦争が始まりました。その結果、兵器が発達して、遂に、人類滅亡の戦争にまで発展してしまいました。
 人類は今、核兵器による人類滅亡の危機に直面しているのです。しかし、その発端である経済の原点には、純粋贈与と言うものが厳然として横たわっているのです。  
 大昔、農民は、大地の恵みによって、与えられる収穫に感謝するために、土地を耕して来ました。猟師も、獲物に対して深甚の感謝を表すために、丁寧な祭りを行って来ました。その頃は、人間と動物とがお互いに話し合うことが出来たのでしょう。植物とも人間は、自由に話し合えたのです。それが、神話の世界でありました。
 所が、今日では、略奪農業と言う言葉も生まれ、動物も食料増産のために、飼育され ることに成ってしまいました。その結果、狂牛病と言った様なシッペ返しを受ける事にも成って来たのであります。  鳥インフルエンザの流行の為に、何万と言う鶏が処分されると言う事が報じれれています。鶏に何の罪もないのに殺されて行くのは、何とも、申し訳ない気がします。こんな事を続けて行って、善い結果が出ることは望めません。人類はやがて滅びる運命に成るのでしょうか。
 経済の原点に、純粋贈与と言う問題があると言いました。純粋贈与とは、お返しを求めない無償の行為です。此れは、神のみの行為であると言われまして、仏教では、『回向』と申します。『如来の回向』です。
 人間の行為には、純粋の贈与は不可能な行為であります。贈与に対しては、必ずお返しを求めます。其処に『経済』と言う概念が生まれるのです。経済の原点は、等価交換であります。昔は物々交換でありますから、品物に対する評価に手間がかかりました。貨幣が発明されて手続きは簡単になりましたが、品物の評価にはややこしいものが有りまして、時に争いの原因にもなります。
 兎に角、お互いに納得して等価交換が為される限り、争いは発生しません。所が、人間の欲心から、少しの代価から多くの品物を手に入れようとする時、其処に争いが起こるのです。争いは、力によって解決されますから、力の弱い者には不満が残ります。その不満が蓄積して、爆発するのが戦争です。テロも戦争の一種であります。テロはけしからんと言うのは。強い立場の者の言い分で、手前勝手な言い分でありましょう。
 テロを無くするためには、等価交換に徹する必要があるのです。現代の社会情勢には、富の偏在が有るのですから、これを改良する必要があるのです。然し、富を得た者は、力に物を言わして、これを守ろうとしますから、争いは止むことが無いのであります。
 純粋贈与は、神の行為だと申しました。しかし、人間の行為にも、母と子の関係の様に純粋贈与に近い関係が生きていますので、これを手懸りにして、問題を考えることが出来る筈です。
 大自然の法則には、純粋贈与が厳在しているのです。大昔の人々は、この純粋贈与にあやかって生きていたのです。等価交換が始まる以前には、此の原理が生きていたのです。 所が、等価交換が始まると、同時に人間の欲心が、純粋贈与の観念を壊して仕舞ったのです。純粋贈与に対して、お返しをしたいと云う思いは、人間の素直な感情でしょう。現代人もこの心を全く失っているのではありません。何とか平等な等価交換にまで、世界の常識を取戻す事が出来ないでしょうか。
 何とか話し合って平和的解決の道を探るべきであります。国連の機能が、麻痺している現在、先ず、之を正常に取り戻すことが願われます。その為には、米中露の3ヶ国の協力が必要です。其の3国の仲介が出来る国は、日本ではないかと思うのですが、日本の仏教の精神が最も有効な思想であると思われるのです。
 其の為には、先ず、最進の技術力を利用して、日本語の翻訳を容易にすることです。日本語に依らねば仏教思想の発信が出来ません。親鸞の思想を理解してもらうために、日本人は大いに活躍すべきであります。
 幸いに、今の日本には、親鸞の佛教精神を世界に弘める事が出来る人材は、充分、用意されています。今こそ、仏教を世界に発信すべきチャンスであります。
 これは、嘗ての『八紘一宇』のような、『ひとり善がり』な思想ではありません。万人が一つになれる唯一の思想です。この思想によって、日本仏教が世界の人に受け入れられる時、世界の人々が、真に、融和できる時代が来ると思います。
 純粋贈与は神のみの行為であると言って、捨てて置いてはいけません。この神の心が、人間の心の中に入って来て、活躍して下さる道があるのです。それが「如来の回向」による信心の働きです。信心は、人間の心ではありません。如来が我々の心に入って来て、我々を動かすのです。その時、我々には有り得ない、純粋贈与に準じた行為が起こるのです。それは如来の回向によると言われます。
 信心が我々の内に成就されると、純粋贈与に準じた行為が起こることによって、初めて、等価交換が、行われるようになります。等価交換が壊される原因は、人間の不当な欲望でありますから、其の事が自覚される時、等価交換は正常に可能に成るのであります。
 現在の国連が機能不全に成って居るのは、第二次世界戦争に勝利した国に、拒否権と言う特権が与えられているからです。この第二次世界戦争は、戦勝国だけが正義で、敗戦国は悪であるという偏見で、裁判が行われたものです。其処に矛盾を孕んで居るのです。第二次世界戦争は、欧米の永い世界支配に対する反抗でありました。今こそ、戦勝国は認識を改めて、国連の秩序を回復しなければなりません。その様な主張をなし得るのも、敗戦国の日本でありましょう。
 日本は、冷静に世界に訴えて、国連の秩序を回復しなければなりません。第二次世界戦争で独立を回復した国々を味方にして、国連の正常化に貢献する為にもっと日本は主張すべきものを主張すべきであります。アメリカ一辺倒の阿部内閣の姿勢は問題であります。日本は、世界に誇るべき文化を持っていることに誇りを持つべきであります。其れが、浄土真宗と言う宗教であります。
 大自然が持っている純粋贈与の原則に学んで、如来の回向と言う教えに従って、平和な世界秩序を取り戻す工夫をしなければなりません。

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