水琴窟 56

問、 往生みたびになりぬるに
答、法然上人の和讃に、
命終その期ちかづきて 本師源空のたまわく
往生みたびになりぬるに このたびことにとげやすし
『往生みたびになりぬるに 』と言われる意味が判らなかったのですが、往生成仏を果たし遂げる爲には、三つの難関を潜って初めて成就為るのであると言うことに気付いてみて、三度目と言う事が頷ける様に思われます。即ち、釈迦の在世中に仏弟子としての生涯を送り、日本に生まれて聖道門から、浄土門に入り、浄土往生を願って、人間に生まれた意義を完成する事が出来たと言う事です。
第一の関門は、外道から仏道への転回です。世尊の教えを聞き得たのです。世間の教えに従っていた者が、是れを捨てて、仏の教えを聞く事が出来たのです。是れは希有最勝の出来事で有りました。
曇鸞大師が、『仙経ながく焼き捨てて、浄土に深く帰せしめき』と言われているのは、偏に、この第一の関門の前に立たれて、是れを超えることを、『菩提流支』から厳しく迫
まられた事を語っているのです。
法然上人は、父が、仇のために殺される、その臨終に当たって、『お前は、父の仇を討とうとしてはならない、恨みに対して、恨みを持って返せば、恨みは何処までも尽きることはない。父の死を縁として、仏道を求めよ』と言い残したと言われています。
その遺言が、法然の出家のきっかけに成ったと言われています。法然上人の例を見るように、この第一の関門を潜る事は、時に、命がけの事でありまして、容易な事ではありません。
私は、海軍の航空隊の訓練を受けたものでありますが、その時、第一に要求されたのが、『娑婆気を捨てよ』と言う事でありました。これは、中々大変なことで在りました。即ち、娑婆への一切の未練を捨てて、『何時死んでもよい覚悟を決めよ』と言う事でありました。 其れは一応判っていましたが、何時死んでもよいとの覚悟は、容易に決められるものではありません。何度も何度も迫られてやっとその覚悟らしいものが出来あがって行きました。 然し、本当に死ぬ覚悟は出来なかったように思います。やむなく死ぬ覚悟をしていたのであります。其れは、今、申して居る『第一の関門』を潜る様な問題であったと思います。
この第一の関門は、仏道に入るための、最初の大事な入り口であります。『娑婆気を捨てる』という事は、権力によって無理矢理に超えるより外に方法は有りません。しかし、仏道では、教権や、権力に依らずして、自然に成就されていく、自覚であります。其れが、仏道への目覚めであります。
若し、この第一の関門を潜る事を怠って聞法すれば、折角の聞法が、皆、『有漏の経験』に終わるのです。有漏の経験は、いくら熱心に積み重ねても、決して、『無漏の経験』にはなりません。有漏の経験に終われば、仏教の知識は増え、物知りには成れるのですが、信心には成りません。如何に多くの人がこの誤りを犯していることでしょうか。
仏教学者が、どれだけ仏教に精通しても『信心』には成らないのです。其れを物語っているのが、渡辺照宏氏と二葉憲香氏との論争でした。(水琴窟、14、参照)
渡辺氏は、仏教学者としては、自他共に許された人であるかも知れませんが、信心は獲られていない人でありました。その結果、仏教が観念論に成って居るのです。
是れは、仏教を学ぶ者の、最も注意すべき事であります。仏教が、如何に精緻に研究されて居ても、観念論に成れば、仏教の真精神が見失われ、単なる、理論に成るのです。是れは、仏道を求める者の最も恐るべき落とし穴であります。
法然上人は、父上の遺言に依って、この第一の関門を潜り抜けた方でありました。それは,父上の死を通して成された、悲痛な経験であります。其の故に、必死の求道が始まりました。
然し、必死の求道のあげくにも、まだ超えなければならない関門があるのです。其れが、第二の関門であります。『聖道門を投げ棄てて、選んで、浄土門に入れ』という関門でありました。
法然上人の『選択本願念仏集』は、正しく、この第二の関門を潜ると言う問題に答えたものであります。法然上人は、『選択本願念仏集』を著わすことに、その生涯を尽くされたので有ります。
是れは、誰も成し得なかった、大事業でありました。この第二の関門を見出した功績は、法然に譲るべきでありますが、仏道に関わる多くの人々が、但、観念論に留まって、永く、見出し得なかった課題でありました。
聖道門は、仏道の基本でありまして、仏道を求める者は必ず学ばねばならない『要門』であります。此の、要門こそ、仏道とはどう言う道なのかを説く教えであります。此の、要門をしっかり学んでこそ、その上に仏道の救いの道が明らかに為るのであります。
従って、この要門を疎かにしては、仏道は、成り立ちません。浄土の教えを聞く人も、この原則を、よくよく、心得て置くべきであります。
然し、この要門の世界に留まって、其れから先に進めない者が居るのです。自分には、聖道門の修行が出来るはずだと言う思いを捨てられないのです。その人は、聖道門で頑張れば良いのです。其れが禅宗などの修行者です。
人間は、よくよく、自己肯定の存在でありますから止むを得ないわけです。如来は、其れを許して、修行を続けよと仰せになるのです。
聖道門の修行では、自分は助からない存在であると気付いた者だけが、この第二の関門を潜って、浄土の教えに辿り着くのであります。
浄土の教えは、『唯、本願を信じて念仏申せ』と言う教えであります。本願力回向によりて、阿弥陀の浄土に往生するのです。しかし、目出度く弥陀の浄土に往生しても、仮土に生まれる者が居るのです。その為に、更に、第三の関門が用意されて居るのです。
折角、弥陀の浄土に生まれながら、仮土に生まれて、三宝の慈悲に離れて、真実報土に往生出来ないのです。それは、偏に仏智疑惑の故であります。其の爲に、第三の関門があるのであります。
第三の関門とは、浄土門の中の、『正助二業の中、助業を傍らにして、選んで正定業を専らにすべし』という問題であります。是れは、親鸞聖人によって明確に意識せられたものでは有りますが、既に、善導大師によって語られていますので、善導・法然によって見出されて居たもので有ります。
此の、第三の関門は、『佛智疑惑の罪』であります。仏智疑惑とは、人間の思いを優先して、仏の智慧を疑う事であります。
私の思いを第一に考えて、何処までも、自己の思いを正当化し、仏の教えには耳を貸そうとしない、頑なな、自己肯定の我執の心で有ります。其れが、仲々見えないのです。
この心は、私の最も深いところに巣を作っている根性でありまして、人生の終わりまで無くならない根性で有ります。
この三つ目の関門は、仏の智慧の前に連れ出されて、教えによって叩かれて、叩かれて、如来の前に謝り入る以外には、手の施し様の無い代物で有ります。
親鸞聖人が、晩年になって、『仏智疑惑の罪』に就いて、執拗なほど繰り返し、繰り返し和讃に詠われているお意を、不審に思っていましたが、その深いお意が、やっと頷ける様に思われます。
この第三の関門を潜ってこそ、念仏の救いは成就為るのです。ここに、初めて、人間に生まれた喜びを、全身に満喫する事が出来るのでありました。
この三つの関門を潜って初めて往生浄土が果たせるのでありました。其れを表す爲に、わざわざ、『往生三たびになりぬるに』と言う和讃が作られて居たのでありましょう。
この様に、仏道成就の爲には、必ず、『三つの関門』を潜って、超えなければならないのです。これは、仏道の鉄則でありました。仏道を志す者が、銘記すべき事であります。
此れは親鸞聖人に依って初めて意識されたものでありますが、仏道を成就した人々には、理解されていたものでありましょう。其れが、地下水の様に大地の底を流れ続けていて、親鸞にまで流れてきて、地上に現れたのです。親鸞聖人のお陰で、私はその事を知らせて頂きましたが、浄土の祖師達は既にその事を知って居られたのでありましょう。
私も、此の三のつ関門を潜り抜けて、『往生三たびに成りぬるに、この度、殊に遂げやすし』と、高らかに歌いつつ、今生を『おさらば』したいものと思って居ます。

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