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水琴窟 目次

┌─────────────┐ 水琴窟 目次
└─────────────┘
1、仏経の教えを聞いて、       39,三願転入(続き)
2 宗教と云えば、          40,吉凶禍福に惑う、
3,宗教と言えば、(続き)      41,運命論と縁起の法、
4,阿弥陀様って何、         42,不回向の行、
5,浄土とは、            43,聖徳太子とは、
6,南無阿弥陀仏とは、        44,聖徳太子(続き)
7,勤行の意味、           45,真と仮と偽
8,人を殺してはいけないの、     46,浄土の定散の機、
9,群生海に回施したまえり、     47,『いのち』は誰のもの、
10,群生海に、(続き        48、虚無の身、無極の体、
11,阿弥陀如来はどこに、     49,未生怨、阿闍世コンプレックス
12,阿弥陀如来はどこに、(続き)   50,ユングの観無量寿経の論文
13,仏像を拝む意味、        51,定善と散善、
14,仏像を拝む意味、(続き)    52,三願、三機、三往生、
15,仏像を拝む意味、(続き)    53,三願、三機。三往生、(続き)
16,悪人が救われるとは、      54,仙経ながく焼き捨てて、
17,攝取不捨とは、         55,聖道門を投げ棄てて、
18,摂取不捨とは、(続き)      56、 三度目の正直。
19,お浄土は何処に、、
20,仏像を拝み意味 再説
21,偶像崇拝とは、
22,二尊教について、
23,前念命終について、
24,慈悲と智慧
25,慈悲と智慧(続き)
26,今と言う時間、
27,眷属長寿の願
28,果遂の誓いに帰してこそ、
29,果遂の誓いに、(続き)
30,無宿善の機
31,念仏は行である、
32,篤く三宝を敬ヘ、
33,篤く三宝を敬へ、(続き)
34,宿善開発、
35,純粋贈与。
36,自性唯心に沈む、
37,定散の自心に迷う、
38,三願転入に就いて、

水琴窟 20

水琴窟 二十
問、仏像を拝む意味 Ⅱ
答、善導は観経疏に『応心即現』と言いました。『心』とは人間の心の底に隠れている。『真実に遇いたい』と言う『人間至奥の要求』であると云いました。如来は此の『心』に応えて『東域に影臨す』と言われます。
『そんな心など私には有りません』といくら主張しても駄目なのです。如来は先刻見抜いて居られるのです。
『貴方のも必ずこの心は有るのですよ』と、言い切られるのです。そうして、『確かに私にも、この心が有りました』と気づいた時、即座に『摂取不捨』の利益に預かるのであります。
『私にも、この心が有りました』と頷くことは容易ではありません。しかし、聞法を続けるならば、必ず頷けるのです。それは既に先輩たちによって証明されているからです。 『弥陀の本願まことにおわしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおわしまさば、善導の御釈虚言したもうべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞がもうす旨またもって虚しかるべからず候か。詮ずる所、愚身が信心におきては此くの如し。この上は、念仏をとりて信じたてまつらんとも、また捨てんとも面々の御計らいなり。』これ程の証明を並べられて、それでも疑うと言うのは、よくよく疑い深いと言わねばなりません。
さて、『仏像を拝む意味』と云う事ですが。阿弥陀仏は、我々の目で見る事は出来ません。それで、『影臨』と言いました。『影』と成って臨むのです。臨むとは、顕われること、働きかけて来ると云う事です。『影』と云う言葉は、日本語では随分ニュアンスの豊富な言葉です。『月影』は月が照らして居る様ですが、『島影』と言い、面影を偲ぶと 言います。遂に、『お蔭さま』と成れば、愈々意味深重 であります。
阿弥陀如来が『影臨』すると云う事も、『お蔭様』と言うより外ないのでありましょうか。阿弥陀仏は確かに、我々の為に、やって来て働きかけて居て下さるのです。問題は、それを我々衆生が、我が身の上に頷けるか否かと言う事であります。
『阿弥陀仏、此処に在します』と頷く事が出来るか否かと、自己に問うてみるのです。『確かに阿弥陀仏在します』と頷く事が出来れば、もう占めたものです。頷けるまで聞き抜くことです。頷けたらそれでお終いかと言うと、一度、頷いたら、もう逃げられないのです。其の儘人生が終わるまで、聞法を続けなくてはならなくなるのです。
それは如来が離して下さらないのです。いくら私は逃げようとしても、如来が離して下さらないのです。自然法爾なのです。私の努力ではありません。
西遊記の物語にあるように、孫悟空が幾ら逃げようとしても、仏陀の掌の中をぐるぐる回っていたよなものです。孫悟空の神通力と雖も所詮人間の計らいでありますから、仏法力の前には、手も足も出ないのです。
一度、仏法力の前に引き出されたら、人間の計らいは全てお手上げになります。阿弥陀仏在しますと頷けないのは、人間の計らいであります。その計らいの儘が、仏の掌の中なのです。そのことに目覚めて、南無阿弥陀仏と念仏に帰る時、『阿弥陀仏在します』と、頭を下げ、手を着くのです。 仏像を拝む意味は、仏像は仮の形です、その仏像を通して、眞の佛を礼拝するのです。私達は何か対象が無ければ、礼拝する事が出来ません。其の為の仏像です。仏像こそ、真の佛の心を念ずるための形であります。
仏像は、礼拝の為の形であります。礼拝すると云う事実を抜きにして仏像を見るだけなら、仏像はせいぜい美術品か人形にすぎません。従って、其れだけの値打ちしか無いものに成ります。仏像は、あくまでも礼拝の対象であることを忘れてはなりません。
仏像を拝む事は、仏法の大事な儀式でありますが、今日、その儀式の意義が忘れられて、美術品に成って居る事は残念な事であります。その理由は、偏に、仏教自体が堕落している訳です。仏教が、宗教としての意義を失って、堕落しているのです。宗教の堕落には、二つの問題があります。一つは、宗教の観念化であり、今一つは、宗教の偶像化であります。まず、宗教の観念化に就いて考えて見たいと思います。
観念化と言えば、言葉が解かり難いのですが、要するに、話に終わっていると云う事です。話はいくら聞いても話に過ぎません。救いの事実にはならないのです。
彼女の聞法、三十年
しかし彼女には、何物もない
聞くだけが賢いのなら
浪花節道楽の男が、一生を寄席に通うて何ほど賢くなったか
一生を聞法に使うて 然も、何物もない
何処に、欠陥があったのか
彼女は、ただ我を忘れて、話を聞いたのだ
我を知らずして、話を聞けば、話しは話に終わる
話を聞く者は多く、道を求める者は少ない
道を求めて三十年を費やすか
話を聞いて三十年を送るか
往生極楽の話は甘く
往生極楽の道は、易くして辛し (讃嘆の詩、上巻、p131)
自己を見つめる事を忘れて、法を聞けば、仏法が話に終わるのです。自己を見つめるとは、機の深信です。機の深信を抜きにして、仏法を語れば、仏法の話になるのです。
これは、仏法を語る側に責任がありました。仏法によって救いを成就しようとせず、御法礼を稼ぐ事だけを念頭にして、仏法を説くことを忘れた結果であります。ただ、面白おかしい話をして、大衆の歓心を買っていたからです。
仏法の話は甘いので、聞く方もそれを喜び、説く方もそれに依ってお金が貰えるのですから、安易にその方に流れるのです。そのような堕落が続けられて、今日に至りました。 『お前は如何であったか』と問われると、私も、その一人であったことを深くお詫びしなければなりません。
宗教が観念化して、宗教の生命が失われる時、世の中には、迷信ばかりがはびこるのです。現代は正にそのような時代であります。正しい宗教心が見失われて仕舞っています。誠に、浄土真宗の寺院が、真っ先に、目を覚まさなければならない時代であります。
門徒制度に溺れて、寺に住めば、易々と飯が食えることになり、聞法に命を懸ける事を忘れています。是が、観念化の状態を創り出した元凶であります。
住岡夜晃先生は、貧苦の中で、只管に自己を問い続け、『大法の如く』と叫び続けて下さいました。今こそ、夜晃先生の光明団創設の御精神に立ち戻って、『大法の如く、更に大法の如く』歩み切らせて頂かなければならない時であります。
もう一つ、宗教堕落の姿が『偶像崇拝』でありますが、長くなりますので次回に譲りたいと思います。

水琴窟 21

水琴窟 二十一
問、偶像崇拝とは (前号より続く)
答、宗教堕落の姿に偶像崇拝の問題があります。偶像崇拝と言う言葉には、誤解を生む欠点がありますが、此の言葉が定着して長い年月が経ちますので、今、別の言葉を見出すことが困難になりました。其の為にこのまま使用する事にします。
そもそも『偶像崇拝』と言う言葉は、今から3000年以上も昔に、モーセと言う人に遡るのです。モーセは、紀元前16世紀とも13世紀ともいわれる預言者で、旧約聖書の出エジプト記の『モーセの十誡』に出て来る言葉であります。
モーセの十誡の二番目に『偶像を造ってはならない』と禁止してあります。但し、カトリック教会とルーテル教会の伝統にはこの項目がありません。しかし、キリスト教でもイスラム教でも、共通して、偶像崇拝を厳しく戒めているのです。
しかし、宗教には必ず礼拝と云う事が伴いますので、キリスト教では『十字架』を、イスラム教では『メッカの方角』を拝む事になっています。
所で、『偶像崇拝』と云う事の本当の意味は如何いう事でしょうか。仏教の立場から言えば、少なくとも、仏像を拝む事ではありません。人間は何かを対象として、礼拝をするのですが、宗教には、必ず礼拝と云う事が伴います。礼拝をしない宗教はありません。
但し、何を求めて礼拝するかが問題であります。若し間違ったことを求めて礼拝する限り、如何に真剣に祈っても、迷妄に堕するのです。それを迷信と言います。
人間の要求は全て『自我』に裏らずけられています。『自我』を孕んで居る限り、迷妄の謗りを免れる事が出来無いのであります。
仏法は『無我』の教えであります。従って、『自我』を否定すのでありますが、西洋には、『無我』と言う教えがありませんから、これを説明することが困難であります。
しかし、『無我』と云う事が説かれない限り、自己主張が止まず、自己主張と自己主張がぶっつかって、戦争は止められません、その結果は、人類滅亡と云う事になりましょう。 今こそ、『無我の教え』を、世界中の人に理解してもらわねば、核戦争が起こって、取り返しのつかないことに成るのではないでしょうか。
仏教の無我の教えに立つ限り、偶像崇拝とは、人間の要求を神に祈ることです。仏教では、『現世を祈る行者』と申します。人間の要求は、如何に純粋の様でも、必ず、自我が混入していますから、自己肯定と自己主張を、続けるばかりです。
たとい、世界の平和を祈ると言いましても、自分の立場を考え、自己を正当化するのです。自己を犠牲にすると云いましても、自己を犠牲にしたと云う痛みを離れる事は出来ないのです。自己犠牲と言う痛みがある限り、流転輪廻の延長に成るのです。
自己犠牲は素晴らしい美徳だと云うのは、痛くも痒くもない傍観者の云う事で、当の本人が言える言葉ではありません。従って、仏教には自己犠牲と言う言葉は無いのです。
人間の祈りは、全て偶像崇拝であります。『如来の願』のみが『真実の祈り』です。衆生は、『人間の祈り』を捨てて、ただ『如来の祈り』に信順する必要があります。
『今生に如何に、いとおし、不憫と思うとも、存知の如く助け難ければ、この慈悲始終なし』(23の3、歎異抄第4章)と言わざるを得ないのです。
西洋では、この様な思想が、一部の人にしか知られて居ない為、『偶像崇拝』の意味が誤解された儘に成って居ます。日本でも、西洋思想の影響で、同じ誤解が定着して来ました。仏教精神の復活が急がれる次第であります。
歎異抄に『慈悲に聖道浄土の変わり目あり』と言われています。『聖道の慈悲は、存知の如く助け難し』と言われる所以が、この問題であります。
勿論、『聖道の慈悲は助け難し』と言いましても、何もしないで良いのではありません。聖道の慈悲を励むのです。慈悲心と言うのは、相手を哀れみ悲しみ育むことです。此の慈悲始終なしと知って、精一杯、慈悲をかけるのです。ただし『此の慈悲始終なし』と知ったうえで、聖道の慈悲に、精一杯尽くして念仏申すのです。念仏申せば『始終なし』に悔いはありません。それが念仏者の生き方です。
念仏者は、『自身は現に是れ罪悪生死の凡夫、曠劫より以来、常に没し、常に流転して、出離の縁有ること無しと深信する』身であることを知って居ますから、人間の慈悲心の限界を熟知しているのであります。其の上で、精一杯の慈悲を注ぐのであります。
慈悲の心が、相手に届く時もあり、届かない時もあります。是は御因縁であります。因縁次第では、届かないこともあるのです。それでも、在りの儘を見つめて念仏申すより仕方がありません。これがこの世の実相であります。
『私は是だけやっているのに、それが解からぬとは、お前が悪いのだ』と腹を立てるのは、この世の実相が分かって居ないのです。念仏の心に帰って、この世の実相に疎い自らを反省すべきであります。
私達は、またしても、自分の思い通りにしたいと思います。しかし、この世は私の思い通りには成ら無い所です。全て因縁次第であります。この世の事は、因縁に任せて、念仏しながら、大法の如く、更に大法の如く、歩ませて頂くのです。
お浄土には、『一切所求満足功徳』が成就されていると言われます。それを曇鸞大師は、『所求に叶て、情願を満足す』と解釈されました。『所求』とは、私達の欲望であります。お浄土は我々の欲望が、悉く満足すると言うのです。
『所求に叶う』とは、我々の欲望を、いきなり否定するのでなく、欲望を静かに聞きながら、その底にある情願を満足させるのです。『情願』とは、私達に必ず賜っている『真実に遇いたい』と言う、止むに止まれぬ願であります。この情願が満足する時、不思議にも、私達の欲望は全て満足して『南無阿弥陀仏』に成るのです。
確かに、我々の心の深いところに『真実に遇いたい』と言う願がありました。『私にはそんなものはありません』と言いたいのですけれど、それは『所知障』と言うものの言い分でありまして、その底にちゃんと情願と言われるものが有るのです。
この頃は、学校教育が進んで、一文不知の人は居ません、その代わり、所知障が発達して誰も仏法を聞こうとしないのです。所知障は、誰も皆、賢く、物知りに成って、其の為に、仏法を邪魔して聞かせなくして居る働きです。一文不知の人は、仏法を善く聞きました。学歴の高い人ほど仏法を聞かなくなりました。学問をした人こそ、仏法を聞いてくれなければならないのです。教育の在り方を一考すべき時です。此の為には、幼児の時の教育が大切であります。念仏の家庭で特に注意すべき問題です。
『私にも、情願が確かに有りました』と我が身に確認出来た時、私の心は晴れて、『心得開明』と成ります。身も心も晴れて清々しくなり、思う存分『世の中安穏なれ。仏法広まれ』と飛び回ることが出来るのであります。
本当の偶像崇拝とは、人間が勝手に描いた願望を、神に祈ってそれを叶えて貰おうとする『信仰』であります。人間が勝手に描いた欲望でありますから、そんな信仰は、正しい信仰とは言えません。願望が叶えられる事もあり、叶えられない事もあるのです。そうすると、叶えられないと、神も仏もあるものかと、神様を恨むのです。だから、偶像崇拝が正しい信仰ではないと、否定されるのは当然であります。
ただ、偶像の意味が正しく理解されていないと、単なる、器物破壊に成ってしまいます。イスラムの過激派教徒が行っている仏像破壊は、単なる、器物破壊に過ぎません。これは、自分達の宗教だけが正しいと主張する、独善的な勝手な暴力であります。
こんな独善的な暴力がまかり通る世界は、社会を混乱させるだけです。是非止めさせる必要があります。人類の叡智に依る良識によって、厳しく忠告すべきであります。
それが出来ないなら、人類は混乱の末、戦争によって破滅を迎える事になりましょう。人類が此の儘破滅に向かって走り続けるか、平和に生き続けられるか、二者択一の岐路に立っていると云わねばなりません。人類の叡智が正に試される秋であります。
偶像崇拝は、迷信であります。今日、信仰の名によって迷信が巷に溢れています。これは、学校教育が進んで、理性のみが発達して、所謂『所知障』と言う『分別』ばかりが蔓延して来たからであります。『分別』は、『所知障』と言いまして、『所知』(人間として、必ず知るべきもの)を障えて、知らせない様にする働きであります。
世間は分別によって成り立っていますから、学校教育が分別を大切に身に付けるように教えるのですが、この分別の為に、仏教の教えが解からなくなるのです。まことに厄介な事ですが、致し方もありません。そこで、仏教の方も頑張って仏教の教育をしなければなりません。今はこんなややこしい時代であります。
いくら教育が進んでも、大丈夫、仏教は伝わって行くものですから、安心して、仏教教育を進めて行けばよいのです。ただ今日は、仏教が解かり難い時代であることは、心得ておく必要があるのです。
二回に渡って『宗教の堕落』を見て来ました。宗教は、いとも簡単に堕落するものです。宗教では無くて、人間が堕落するのですが、人間が正しい信仰に到達することが困難なのです。人間には、煩悩障と所知障がありまして、煩悩障も大変ですが、現代では所知障を克服することが、中々困難な時代であります。
此の二つの障害を越えて、正しい信仰を得る事は、人生の最大の課題であります。それ故に、正しい信仰に遇い得た者は、人生の成功者であります。
以上、宗教の堕落の二つの形を述べました。宗教の観念化と偶像化であります。何れも今日の重要な課題であります。この二つを正しく克服して、信仰の正常を保たねばなりません。 信仰が正常に保たれてこそ、その社会は正常に発展するのです。今の世の中は、どう見ても正常な発展とは言えない状況であります。全てのものが、いびつになり、歪んでいます。『世の中安穏なれ、仏法広まれまれかし』と願わずには居られません。

水琴窟 30

   水琴窟 30 
 問、無宿善の機
答 御文 三帖目 第十二通に、『夫れ当流の他力信心の一通リを勧めんと思わんには、まず宿善無宿善の機を沙汰すべし・・・、無宿善の機は信心を取り難し。まことに宿善開発の機は自から信を決定すべし』と蓮如上人は言っています。之は文明八年一月の御文ですから、吉崎の御坊を捨てて、河内出口に移られた前年の八月から四ヶ月しかたっていません。吉崎の御坊が危なくなって大阪に移られるのですから、命の危険に迫られている頃のものであります。
 無宿善の機とは如何いう人の事でしょうか。当時は戦乱の時代でありますから、随分乱暴な人も居た筈です。その為に無宿善の機と言う言葉も出てきたのですが、本来、この世には、宿善を厚く蒙っていない者は一人も居ないのです。
 太陽の熱と光の恩恵を受けないものは、地上には一つもない様に、この世のものは、皆厚く宿善を蒙っているのです。にも拘らず、それに背を向けて却って仇をするものが居るのです。その宿善に背を向けて居る者に向かって、佛法を説くことはなかなか容易ではありません。しかし、『貴方も宿善厚き方であるのですよ』と何処までも信じて、法を説く必要があるのでしょう。無宿善の機であるから、『法を信じ難し』と言って投げ出すのではありません。何処までも無宿善の機を抱き続けて、法を説き続けられたのが蓮如上人でありました。
 『我が妻子ほど不便なることなし、それを勧化せぬは浅ましき事なり、宿善無くば力なし、我が身を一つ勧化せぬものが有るべきか』(30の11)とも仰せられています。  『宿善無くば力なし』とは、悲嘆の言葉であります。わが身の力が足りないことを嘆く言葉です。相手に宿善が無いと責めるのではありません。
 わが身に徳が有れば相手は必ず宿善に気付いて呉れるのですが、わが身に徳が無いので、教えの言葉に頷かないのです。だから、『わが身一つを勧化せぬ者が有るべきか』と言うのです。
 長年仏法のお育てを頂いて居ながら、妻子や孫たちに仏法を伝えることが出来ないのは、誠に申し訳ない事です。何としても、仏法の伝承を願うべきであります。
 現代は仏法を聞いてくれるものが少ない時代であります。永い戦争に国民の心が疲弊してしまって、佛法など聞く気が起こらなくなってしまいました。しかし、やがて復、仏教復活の時期が必ずやって来ると思われます。その時まで、佛法の種を絶やさない様に護持して置かねばなりません。
 現代はまさにそのような時代であります。このような時代こそ、仏法に遇い得た者は、只管に、『仏法、弘まれかし』との志願に生きねばなりません。その先人の厚い志願に支えられて、仏法の歴史は私の所まで伝えられて来たのです。 
 『嗚呼、弘誓の強縁は多生にも値い難く、真実の浄信は億劫にも獲難し、遇、行信を獲ば遠く宿縁を慶べ』と親鸞聖人は仰せられます。誠に、不可思議の強縁に催されて、今ここに念仏に遇い得た事であります。遠く宿縁の深厚を喜ぶと共に、この宿縁を孫末代まで伝承させて頂かなくては成りません。
 しかし、人間には、個人の力だけでは如何にもならない限界があるようです。其処に、サンガの働きが重要になります。サンガの働きに依らねば、自分の子供や孫たちを、仏法に引き入れる事が出来ないのです。
 そんな馬鹿なことはない、私は私の力で子供や孫を教育して見せると思っているかもしれませんが、それは思い違いであります。私を超えたサンガの力によって育てられているのです。私の歩みが正法に叶っていれば、其処には必ずサンガが生まれるのです。
 真面目に仏法を求めて居た筈なのに、子供や孫が仏法を聞かないのは、サンガに対する私の姿勢に問題があるのでしょう。サンガに対する、恭順の姿勢が欠けているのではないでしょうか、よくよく反省してみる必要があります。
 親鸞聖人は、『御同朋、御同行』とかしずかれて居られたと言われています。夜晃先生は、『お同胞は、佛様から頂いた私の宝である』と言われました。それはサンガに対する、帰依、恭順の心であります。
 そもそも、阿弥陀如来は、十方衆生を諸仏として拝んで居られると云います。一神教の神は、一切のこの世のものを創り出した絶対者であります。しかし、阿弥陀如来は、我々人間を、善親友と呼び、眷属功徳(伴荘厳)と言われます。ここに、一神教とはっきり異なる人間観があるのです。
 この人間観こそ、仏教の大切なサンガの精神を培ってきました。サンガに対する恭順の心を大切に護って行く事が、仏教の伝承に欠くことのできない条件であります。
 サンガに対する恭順の姿勢とは、師や友に対する尊敬です。我々の心には、一見尊敬をしているように見えながら、その内面に、相手を見下して居たり、師や友を批判する心が隠れているのです。特に、同胞に対して、尊敬できないものが隠れて居る時、その人には、サンガを尊敬する心が無いのです。その心の底に深く隠れて居るものが、家族には見抜かれているのです。
 『私は、仏法を正しく受け止めている』と思っている自負心が、サンガを無視する心です。この心が災いをして、家族を仏法から遠ざけている事実を、厳しく反省しなければなりません。これは家族だけに留まらず、周囲の人にも及びますから、サンガは次第に枯れ果てていくのです。我が光明団のサンガも、枯れ果てることなく続く為には、この原理に気付いて、サンガを護る道を見つけなければなりません。
 其の為には、如何すれば良いのか、答えは一つ、サンガへの尊敬です。尊敬とは、サンガの行事に参加する事です。即ち、サンガの重要な行事は、講習会ですから、それに参加する事です。講習会に参加することは自身の聞法の為ですが、それにも益して、サンガを尊敬し、守護する事に成るのです。此の事が、今日サンガの一員にとって、大切な事だと思います。
 『我が妻子ほど不便なることなし、それを勧化せぬは浅ましき事なり。宿善なくば力なし、わが身一つを勧化せぬ者が有るべきか』との蓮師の言葉の、深い意味を受け取らねばなりません。    
 『わが身一つを勧化せぬ者が有るべきか』と言う言葉に、我が身の聞法の姿勢を深く問い直す心が滲み出て居ます。
 『自ら僧に帰依し奉る』と言う三帰依文の深い心が頷かれることです。私は長い間、この僧に帰依するという意味が解りませんでした。今、妻子を勧化するという問題に気付いて、やっとサンガに帰依すると言う意味が理解されました。
 サンガに帰依する事が出来なければ、妻子を勧化することが出来ないのです。サンガを無視する心は、我が身一つを善しとする心です。それは、二乗地の独覚の心でしょう。竜樹菩薩が、二乗地に堕する事を極力誡められて居た事を思い出します。
 二乗地に堕するとは、利他の心を失う事です。これは、大乗仏教の精神を失う事で、其の儘、仏道の教えそのものを失う事であります。帰依三宝が仏道の重要な精神であることも初めて頷く事が出来るようになりました。
 サンガを尊敬し、サンガに奉仕し、サンガを護り続ける事の、重要性を改めて思う時、我が光明団が、100周年を迎える事の意義を有り難く感謝申し上げる次第です。我々は、一致団結して、このサンガを護持して行かねばなりません。
 その為には、サンガの行事に奮って参加して下さい。そして、サンガに遠のいている人に極力呼び掛けて、サンガに復帰して頂くことです。これが、100周年の大切な記念行事であると思います。

    

水琴窟 29

水琴窟 29
 問 果遂の誓いに帰してこそ。(続き)
 答
 第二十願の意義について、親鸞独特の領解があることを述べて来ました。も
う少し言いたいことがあります。
 それは、『おしえざれども、自然に、真如の門に転入する』と言う和讃の意
味です。(大経和讃、11の18)
 此の言葉は、元、善導大師の『般舟讃』にある言葉であります。
 『微塵故業随智滅、不覚転入真如門』と言う言葉であります。これを親鸞聖
人は『微塵の故業と随智とを滅す、おしえざれども、真如の門に転入す』と読
みました。
 普通なら『微塵の故業、智に随って滅す』と読むところでしょうが、親鸞は
『随智』と読んで『所知障』の事だとしました。
 また、『不覚』と言う言葉を『おしえざれども』と読むことは、いささか奇
異に観ぜられますが、『覚』と言う字に『おしえ』と言う訓がありますので、
無理な読み方ではありますまい。『不覚』と言う言葉は、起信論には、『仏法
に目覚めない者』の事を言いますので、不覚のものも、故業を智慧によって滅
せられて、真如の門に転入すると言う意味にもとられます。所が、親鸞は、
『おしえざれども』と読みました。
 所で、『不覚転入真如門』ですが、『果遂の誓いに帰してこそ』とあります
から、『おしえざれども』と言う事の前提に『果遂の誓い』と言う願の、深い
意味があるのです。   
 第二十願『果遂の誓い」は、人間の最も深い所に隠れている『仏智疑惑の
罪』を問題にする願であります。仏智疑惑とは、自己肯定の心であります。自
分には、優れたものが有る筈だと思っている心であります。
 それで、他人と比較して、是非善悪の判断に明け暮れして、優越感と劣等感
の間を行きつ戻りつしています。人間にとって、優越感と劣等感は、死ぬまで
続く問題であります。この問題から解放されることが、人間の唯一の最後の救
いでありました。しかし、之は仲々容易な事ではありません。
 この心は、人間の最も深い所に隠れている煩悩で、死ぬまで無くならない根
性であるからであります。自己肯定の根性は、これを克服する事は、人間には
不可能で、如来の智慧光に依らねば如何にもなりません。しかし、人間が最後
まで抵抗し続けるものが、如来の光明に照らされる事なのです。 
 今日、仏法を聞く人が少なくなっていますが、それは、人間の本性による。
『最後の抵抗』が、表面に出て来たからであります。昔は、人間は、もっと素
直でありました。教養が無いものですから、目上の人の言い分には、忠実であ
りました。
 所が、この頃は、皆、学校教育を受けて、文句を言うものが増え、中々他人
の意見に従いません。『私には、私の考えがある』というのです。それはそれ
で良い事なのですが、自己を深く内観する事が出来ませんので、いきおい、
『自我の主張』に成ってしまうのです。
 ここに、現代人の問題があります。学校教育が進んで、教養が豊かになった
ことは結構ですが、これは『所知障』が発達したのであって、有漏の経験の蓄
積でありますから、仏教に反する思想なので『我の主張』ばかりが強くなり、
世間が愈々騒がしく成るばかりです。先に、『随智』を『所知障』の意味に読
んだのも、親鸞独特の鋭い読み方でありました。
 教養が豊かになり、所知障が発達したために、却って、静かに仏法を聞く人
が少なくなりました。今こそ、仏法を聞いてくれる人を、一人でも多く生み出
すことが願われています。
 さて『果遂の誓いによりてこそ』と親鸞は言いました。仏教を聞いてくれる
人を生み出す為に、何処までも尽くして行きたいとの、如来の切なる願いであ
ります。所が、衆生は自我の主張に拘って、一向にこの願いを聞き入れようと
しないのです。何処までも自我を言い張って自力の言い分を通そうとします。
 その人間の根性を見抜いて、如来は第二十願を誓ったのです。即ち、第二十
願は、自力による念仏を許すのです。『自力で良いから、兎に角『念仏』を申
してくれ』と言うのです。
 そこで、衆生は、『我が意を得たり』と勇んで念仏を申すのですが、其処に
問題があります。それは、念仏申すものは必ず救うという如来の呼びかけを聞
いて、一生懸命に念仏申すのですが、我々は、直ぐ其の事を自分の手柄にする
のです。
 念仏は本願の行であります。決して人間の業績ではありません。所が、念仏
を申せば、如何にも立派に思えるのです。確かに、念仏は立派な行為ですが、
人間の業績ではありません。あくまでも如来の業績です。所が、『本願の嘉号
を己が善根とする』と言う事が『仏智疑惑の罪』であります。本人は、仏智を
疑っているとは思っていないのですが、『本願の嘉号を己が善根とする』とこ
ろに、仏智を疑っている事実があるのです。
  佛智うたごう罪ふかし この心思い知るならば
   くゆる心をむねとして 仏智の不思議をたのむべし
 この佛智疑惑の罪に目覚めることなくしては、念仏の救いは成就しないので
す。所が、『おしえざれども、自然に、真如の門に転入する』と言うのです。
 先に、起信論に『不覚の者とは、仏法に目覚めぬものである』と言われてい
ると云いました。まさに、不覚の者も、仏の智慧の働きによって、所知障の深
い罪を教えられ、仏智疑惑の罪に目覚めて、如来の前に五体投地するのです。
全ては『如来の御働き』であります。それは宿善の開発に因るのであります。
 『宿善』とは、永い永い因縁の賜物であります。遠く、弥陀の誓願が発起さ
れて、流れ流れて、この私にまで流れて来てくだっさた。其のお念仏の流れに
預かることが出来たのです。之は、仏法を聞くしか、此れに気付くことはあり
ません。どうか一人でも多くの人に、仏法を聞いて頂きたいものです。  
 我も人も、宿善は、篤く蒙っているのです。この世の悲喜苦楽を機縁として
仏法を聞かねばならない自分に目覚めるのであります。人生には、苦もあれば
楽もあります。苦楽を縁として、仏法に目覚めるのです。
 ギリシャ神話の『オイディプス王物語』と仏教の『観無量寿経』の物語と
は、よく似た内容を持っています。恐らく、同じ神話から出たものでありまし
ょう。更に、法華経・華厳経・涅槃経等には、この『アジャセ王の物語』が影
響を及ぼした説話が見られます。このアジャセ王の物語は、人間の悩みを深く
とらえたものとして、東西に広く語り継がれたものと思われます。
 人生の悲喜苦楽を縁として、人生の意義を考える機縁としてきた、遠い祖先
の人達が、神話として、この様な宗教を生み出してきたのです。それは何億年
もの永い歴史の積み重ねであります。それを『宿善』と言うのです。
 今、宿善の催しに預かって、仏法を聞き得たことは、よくよくの厚恩であり
ます。『果遂の誓いによりてこそ』との、親鸞聖人の御心情を拝察する時、疑
心自力に明け暮れしている我が身を懺悔すると共に、如来の大悲心に深く深く
御禮申し上げる次第であります。
 『果遂の誓い』がましまさなかったら、私の救いは遂に果たし得なかったで
ありましよう。第二十願こそ、我々が救われる最後の、唯一の道でありまし
た。此処に厚く御恩徳を謝し奉って、念仏申すより外ない私であります。
 付記
 先月の水琴窟28で、暁烏敏師の戦前の説と言いましたのは、師が古事記を
読んで、日本の『神ながらに道』は仏法であると言った事です。さすがに師も
戦後はその説を引込めましたが、あれは間違いであったとは言わなかったので
す。師は直観として、何かを感じて居たようです。
 勿論、こんな説は随分乱暴な話で、直ちに肯定できませんが、若し今後、縄
文時代の宗教が明らかになることが出来れば、『神ながらの道』が『阿弥陀仏
の信仰』と同一の神話から発生していたと証明されるかもしれません。念の為
申し添えておきます。

  

佛  
   

   

  
  

水琴窟 28

 水琴窟 28

 問 果遂の誓いに帰してこそ
 答 
 二十願の事を果遂の誓いと言います。『果たし遂げずんば、』と言う如来の
大悲の願いの故であります。この第二十の願に特別の意味があることを見出し
た人は、大無量寿経の作者と、親鸞聖人の二人だけであったのでは無いかと思
われます。
 この二十願の特別な意義については、中国では、永い間忘れられていた様で
す。七高僧も、法然上人も、第二十願については、特別に何も言っていられな
いからです。しかし、親鸞聖人は、第二十願の特別な意義に気付いたのです。
それはどういう事かを尋ねてみたいと思います。
 そもそも、大無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経を、浄土三部経と名付けたの
は法然上人であります。その時、此の『浄土三部経』は同一格に横に並べられ
ていました。所が、親鸞聖人は、真実の経は大無量寿経であり、観無量壽経と
阿弥陀経は、方便の経であるとされました、
 観無量寿経が第十九願の意を表していると云う事は容易に頷けますが、阿弥
陀経が第二十願の意を表しているというのは少し無理なこじつけかと思われま
す。たまたま、三つのお経があり、大無量寿経と観無量寿経が夫々の役割を演
じているので、第二十願の役割を阿弥陀経に押し付けたという感じも無きにし
も在らじと思われます。これは阿弥陀経にとっては、いささか迷惑なことであ
ったかも知れません。
 兎に角、第二十願の特別な意義は、中国では、長く忘れられていたのでしょ
う。親鸞聖人によって、その意義が、改めて明らかになったのです。    
 阿弥陀経に就いて、特に第二十願の意味が強調されている訳ではありませ
ん。ただ、第二十願を代表する経典として、阿弥陀経が当てられたのでありま
しょう。阿弥陀経にとっては不本意なことかもしれませんが、兎に角第二十願
を代表する経とされたのであります。
 そこで、第二十願の意義でありますが、その前に、第十九願について述べる
必要があるようです。観無量寿経は、第十九願の意を顕す経であると言われて
います。観無量寿経の中心課題は、『一者至誠心、二者深心、三者回向発願
心』と言う、三心の教説にあります。
 『至誠の心を持って、信心を起こして、真実の国に生まれようと願え』と言
うのです。これは、宗教の出発点であり、至心発願の教えであります。観無量
寿経が第十九願を代表する経であると言う事は、誰でも直に納得出来る事であ
ります。
 所が、第二十願は『至心回向の願』と言われていまして、この願の意味 
は、中々解かり難いのです。法然上人まで、七高僧の伝統でも、この願の意義
に言及した方はいらしゃら無いようです。しかし、大無量寿経の作者が、わざ
わざ第二十願として、一願を立てたのですから、その意義は、元々四十八願経
には見出されて居た筈です。
 この第二十願は、無量壽如来会でも重要に取り上げられていますので、経典
が漢訳される初期の時代には、確かに注目されていたものと思われます。所
が、翻訳後中国では、余り問題にならなかった様であります。
 親鸞は、第二十願の問題に気付き、これを大切に取り上げました。此処に親
鸞の特別な経典への視点が見出されるのであります。
 第二十願の存在に目覚めた者は、第十九願に誓われた『至心発願』の教えに
敗れた衆生です、善根を積んで往生を願う事は、とても自分には叶わないこと
と目覚めたのです。ですから『ひたすら弥陀の本願に縋って往生を願う』と言
う生き方を選んだのですが、其処に人間の最後の問題があります。即ち、本願
の嘉号を己の善根とすると言う問題です。
 『私は念仏を申して居るから善いが、お前はまだ念仏しないから駄目だ』と
他を貶めて、自分を正当化するのです。この心は、最後まで私達に食いつい
て、離れようとしない『仏智疑惑』の罪であります。
 印度から始まって、中国・日本に至る約1000年の仏教伝来の歴史の中
で、見失なわれ、気付かれる事無く伝えられたこの問題が、日本の親鸞によっ
て見出されたことは、不思議な事だと思いますが、仏教伝来の歴史の底に地下
水の様に伝えられていたものが、遂に地上に噴き出る時だ来たのでありましょ
う。
 此れは、モンゴリアンと言う民族の深層意識の中に蓄積されて居たものに相
違ありません。モンゴリアンの伝統には、中国、朝鮮半島経由のものとは異な
って、南方海上を伝わって来たものがあるのです。それは中国経由よりも、一
万年も早く日本に伝へられて居たのです。それを日本では、縄文文化と言いま
すが、此の縄文時代の文化に、その痕跡が残って居る筈です。しかし、今日で
はそれを知ることが出来ません。
 親鸞の思想には、中国伝来の思想とは異なる、特別な感性が認められます。
その思想には、多分に、縄文文化の片鱗が有る様に思われるのです。この親鸞
独特の感性によって、第二十願の意義が見出されたのです。
 これは私の想像でありまして、証明出来ませんが、本題から離れますが、少
し寄り道をして、書かせていただきます。
 我々の地球には永い氷河期がありました。この氷河期には、海の水が今より
300mも低かったと云います。その頃、ボルネオの東に大陸が顔を出してい
たと考えられます(スンダーランドと名ずけられています)。大きな河が流れ
ていた跡があると言われています。その大陸は赤道直下で、氷河期にも気候に
恵まれていて文明が栄えていたと考えられます。これがモンゴロイドの根拠地
でした。その文明の北端に位置していた日本は、中央よりは遅れていたかも知
れませんが、氷河が解けて、海の水が増えると、人々は周辺に逃て来て、文化
を拡散したのです。日本も、多分にその恩恵を受けて居た筈です。
 その水没した大陸に発達した宗教が、モンゴリアンの宗教でありました。そ
れは氷河期の終わりと共に、先ずインドに伝えられ、南北に分かれて東に進ん
だのです。従って、北方ルートより南方の方が一万年も早く日本に伝わったの
です。
 これはまだ確定した説ではありませんが、日本民族の特別な文化を考える
時、このような空想をしてみるのも一考かと思われます。兎に角、縄文文化の
源泉を考える時、『スンダーランド文化』と言う、今は失われた未知の文化が
あったことを想定するのが、妥当の様に思われるのです。暁烏敏師が戦前に唱
えた説には、一考を要すものが有った様です。余談は此れ位にして、本題に帰
ります。
 親鸞によって発見された。『第二十願の意義』は、人間の最奥部に潜む、
『仏智疑惑の罪』であります。如来を無視して、自己を肯定するのです。
 我々は、自己の存在を肯定して、何処までも自己の存在を主張しなければ
生きられないのです。その為には、自殺さえ厭わないのです。『死んでまでも
自己の正当性を主張する』のです。
 死んでしまえば、全て終わりではないかと思うのですが、『死霊の祟り』程
恐ろしいものはありません。『死んで、孫末代まで祟ってやる』と言うので
す。そんな脅しは、現代では通じ無いのかも知れませんが、やはり、自分の仕
打ちで相手が自殺したとなれば、気持ちの良いものではないでしょう。孫末代
まで祟ることが出来るのかも知れません。
 それ程に、我々の自己主張は、容易には拭い去れないものとして、私の一生
に付き纏っています。しかし、こんなことは誰でも当たり前のこととして、顧
みるものは居ませんでした。親鸞だけが此れに気付いたのです。其処には、鋭
い如来の智慧光が光って居ました。
 此の、仏智疑惑の罪の深さに気付いて、如来の前に『五体投地』した者の前
にのみ、如来は影現するのです。
 如来は、何処までも衆生の『仏智疑惑の罪』を否定します。しかし、衆生の
存在を見捨てる事なく、摂取するのです。それが如来の大悲心です。親鸞は、
此の大悲心を頂いて、我が身を『大いに悲嘆すべし』と自覚したのでありまし
た。
  信心の人におとらじと 疑心自力の行者も
   如来大悲の恩を知り 称名念仏はげむべし (疑惑和讃 11の37)
 疑心自力の行者である私でありますが、如来大悲の恩を厚く蒙っている身で
あります。それ故に、称名念仏を励むのであります。
 何処までも、衆生の在り方を否定し尽くさねば置かぬ、如来の智慧でありま
すが、決して、衆生を見捨てないのが如来の智慧であります。見捨てないと
は、何処までも、衆生と共に流転して下さる事であります。衆生と共に、地獄
の底まで付き添って下さるのです。
 『地獄に落ちる。(佐々木蓮麿師)。わしが落ちる。(大河内了悟師)。
  仏も落ちる。(宮城の老院⦆』これは宮城師の老院宅の寄せ書きの言葉で
あります。佐々木師と大河内師が書き終わって、宮城の老院の番が来ました。
さてどのような言葉を書かれるのかと、そばで見ていた藤元正樹氏が固唾を呑
んでいると、暫らく考えていた老院が、さらさらと『仏も落ちる』と書かれた
というのです。その時、藤元正樹氏は随分驚いたと語って居ました。『仏も落
ちる』と言い切れる時、『地獄は一定住み家ぞかし』と、自信をもって言える
のでありましよう。それは正しく『果遂の誓いによりてこそ』と云う本願が在
るが故であります。

 

  
  

  

   

  
  

水琴窟 27

水琴窟 27
問 眷属長寿の願
  答
 先に、永遠の今と言う事を申しました。それに就いて眷属長寿の願の事を 
述べましたが。もう少しそれに就いて言いたい事があます。
 『永遠の今』とは、日常的時間の中に、『永遠』なるものが、殻を破って入
って来て充満する事だと云いました。
 永遠なるものとは、如来であります、如来が私の中に入ってくるためには、
硬い殻を破る必要があります。硬い殻と言うのは、我執と言われるものです。
この我執は、固い殻を被っていて、容易に破れません。
 この硬い殻は、実は私の内から破れるのです。私には生まれる以前から賜わ
っている『無漏の種子』があるのです。その無漏の種子は、無明煩悩に覆われ
ていて、自由には動けないのですが、外から加えられる聞法の縁が唯一の因縁
となって、種子を現行せしめるのです。この内からの無漏の種子の現行に依っ
て、初めて、我執の殻が破られて、無漏の信心が誕生するのです。
 この内から破られて誕生した信心が、如来を迎え入れるのです。話は簡単で
すが、信心が私の内に誕生するというい事は、ちょっとやそっとでは誕生しま
せんから、皆、苦労するのです。
 信心の誕生には、聞法しかありません。所が、聞いても聞いても分からない
という人が多いのです。其の為、聞くことを止めてしまいます。また、止めて
は居ないのですが、仏法を話にして聞いてしまうのです。
 仏法を話にして聞くとは、耳に話を聞いて、一応理解もしているのですが、
それが、有漏の経験に終わるのです。有漏の経験とは、聞いて、理解して、解
ったというのです。仏法は、有漏の経験に留まれば、知識を増やしただけに終
わります。仏教学者が、いくら仏教を研究して、知識を増やしても、一向に信
心にはなりません。
 信心は、無漏の経験だからです。有漏の経験を、いくら積み上げても無漏に
はなりません。無漏の経験は、無漏の種子が現行して初めて成就するのです。
 私の内にある無漏の種子を現行せしめる唯一の縁が、聞法ですので、聞法以
外に道はないのです。しかし、その聞法を、中途半端に止めてしまうと、有漏
の聞法に終わります。
 聞いて聞いて聞き抜くとは、無漏の種子が現行するまで聞くのです。私に
も、無漏の種子は与えられていますので、安心して、聞法を続けるのです。必
ず、信心が得られるのです。
 其の事を教えてくれたのは、唯識の学者である、護法と言う方です。護法
は、本有の無漏の種子と言います。これは、如来蔵思想と言いまして、如来蔵
経や涅槃経などに説かれています。衆生には、如来蔵と言う事があって、今は
煩悩に覆われているが、修行を励めば、必ず佛と成れると言うのです。如来蔵
とは、如来となるべき種子を宿していると云う事です。    
 ところで、眷属長寿の願ですが、これは浄土に往生した人々に、自由自在に
衆生を救うために、十方国土に飛んで回れるようにと言う願であります。先に
申すように、例外こそ本命なのです。『いつまでも十方世界を飛び回って、思
う存分衆生利益が出来る人に成れ』と云う本願であります。
 これは、阿弥陀如来が浄土を建立した第一の理由であります。浄土論には、
菩薩功徳の最後に、『無仏の国土に往生して仏法を示す事、仏の如くならん』
と言われていますが、其れこそ、阿弥陀仏の最後の願いでありました。
 大無量寿経には、第二十二願に関係する願が沢山あります。この二十二願こ
そが、四十八願の全体を代表する願であるからです。勿論、第十八願が本願を
代表する願でありますが、その究極的目標は、還相回向にあるのです。
 還相回向の願こそが、十方衆生に願われる最後の救いであります。十方の衆
生は、還相の働きが自由自在に出来るように成る時、初めて出世の本懐を満足
するのです。
 自分の幸福のみを求めてきた衆生が、初めて、他の衆生の事を考えるように
成る事こそ、衆生の本来の存在意義であります。ですから還相回向の願こそ、
決して、単なる付けたしの願ではなく、阿弥陀如来の本願の重要な目的であり
ます。だから、四十八願経では、二十四願経には見られなかった、還相回向に
関わる願が多く見られるのでありましょう。
 この様に、四十八願経では、二十四願経の本願には充分でない、還相回向の
問題を、改めて補強して四十八願として完成させたのです。此れによって、弥
陀の本願が完全な形を整えることが出来ました。
 浄土の眷属とは、阿弥陀如来の正覚の華から化生した者であります。如来の
覚りから生まれた者であります。浄土論には、眷属功徳の前に、主功徳が説か
れています。主に対して、眷属と言うのであります。それで、眷属を『伴』と
言います。『伴』とは『ともがら』であります。
 主伴の関係は、決して『主従の関係』ではありません。上下の関係でなく、
役割の関係であると言われます。即ち、主役に対して、脇役の意味でありま
す。脇役は、あくまでも主役を助けるわけですが、時に、脇役の方が立派な演
技をして、芝居を盛り上げるのです。
 また、主伴が一つになって、世界を作り上げて行くのです。その世界の住民
の一人一人が、本当に生き生きとして居てこそ、その国は開かれた国であると
言えます。弥陀の浄土に生まれた住民は、皆、生き生きと輝いて居るのです。
 如来の眷属と成る事によって、衆生は、弥陀の浄土を証明すると共に、衆生
自身の救いも証明されるのであります。
 如来の正覚から生まれて、如来の正覚を証明するものが眷属です。如来の正
覚を離れて眷属はあり得ませんが、眷属が無ければ、正覚も空しい観念に終わ
ります。眷属こそ、正覚の具体相であります。主功徳と眷属功徳が一つになっ
て、浄土を生み出しているのです。
 誠に、如来の眷属の一員に加えられた事は、これに勝る喜びはありません。
天に踊り、地の踊る喜びであります。この世の生を終え、阿弥陀の浄土に往生
して如来の眷属に成る事を以て、私の出世の本懐は全うされるのです。
 如来が私の内に入ってくるとは、実は如来の浄土に生まれて、如来の正覚の
華より化生する事でありました。
 如来の眷属と成る事によって、『永遠の今』が、私の上に実現するのです。
それを仏道では、『仏法聞き難し、今既に聞く』と言います。
 昔、『永遠の今』と言う事を教えられて、一向に解からなかったことが、九
十四歳になってやっと解かるようになりました。誠に、お育て頂いたご恩徳の
賜物であります。謹んで、ご恩徳を感謝申し上げます。
 条件次第で、右に行ったり左に行ったり、只、当てもなく流されるよりほか
なかった私が、『永遠の今』と言う確かな杭を打ち込まれて、流されることが
無い身になった。それを『念仏申さんと思い立つ心の起こる時』と言います。
 この『時』を、『永遠の今』と言うのです。『念仏なんか申して何になる
か』と言いますが、『念仏申す』と言う事がこれ程大きな事だとは、全く気づ
きませんでした。『念仏申す』その時が、『永遠の今』に直接しているので
す。だから、『念仏者は無碍一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行
者には、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障碍する事なし。罪悪も業報を感ずる
ことあたわず、諸善も及ぶこと無き故なり』と言われるのでありす。 
 罪悪は業報を感ずるものであります。私のする事為すことは、全て、三悪道
の業でありますから、当然の事として、地獄、餓鬼、畜生の果報しか行き場は
ありません。所が、その果報を一切受けないというのです。之は誠に、仏法不
思議の働きであります。     
、  いつつの不思議を説く中に 仏法不思議にしくぞなき
    仏法不思議ということは 弥陀の弘誓に名けたり(曇鸞和讃)
 『弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をば遂ぐるなりと信じ
て、念仏申さんとおもいたつこころの発こる時すなはち、摂取不捨の利益にあ
づけしめたまふなり』(歎異抄)
 誠に、この時を与えられた不可思議の利益を謝すばかりであります。 
  

 

  
 

  
  

   

  
  

水琴窟 26

   水琴窟 26
 問、今と言う時間 
 答、昔,学生の頃、 哲学の先生から『永遠の今』と云う講義を受けました。不思議にその言葉は、耳の底に残りましたが、如何いう意味かはその時は解りませんでした。しかし、其の事がすっと私の心に残って居て九十四歳に成って、やっと解るような気がするのです。
 私達は、過去、現在、未来と言う時間区分によって生きているのです、これを日常的時間と言う事にします。その日常的時間の現在は、瞬時に過去に流れ去って行きますから、時間と言うものは、一向に掴み所がない現在を生きている事になります。また、未来は何が起こってくるか、一寸先は闇でありますから、結局、闇の中を手探りで歩いている事になるのです。 現代と言う時代は、愈々その闇が深くなって、暗中模索の不安が深くなり、誰も彼も不安の中に、疑心暗鬼の儘に生活を続けているのです。この頃の世界情勢は、特に、疑心暗鬼の渦巻きの真っ只中に居るのです。明日の情勢がどうなるのか、誰も予測が出来ないのです。若し核戦争が勃発すれば、世界中が火の海になると言われていますが、其れもいまだ一度も経験したことのない出来事でありますから、誰も想像すら出来ない事であります。
 たった二発の原子爆弾が落とされてだけで、広島と長崎であんな悲惨な状況が起こりました。もし今、第三次世界戦争が起こって、世界中が原爆や水素爆弾の標的になれば、それは人類滅亡しかありますまい。北朝鮮もアメリカ大統領もそれを言い放っています。
 其れでも後ろから『時間』と言うものに押されるので、否応なしに歩き続けなけばならないのが人間であります。その様な人間の生きる現実を、どう対処したらいいのでしょうか。切実な問題であります。
 世界情勢の動きに対して、私共にはどうする事も出来ませんが、何が起こても其れを受けて行かなくてはなりません。仕方無くなく、嫌々乍ら、受けていくのか、念仏して受け入れて行くのか、道は二つしか在りません。そこで、念仏して受け入れて行くとはど言う事かを、考えてみたいと思います。
 先に、永遠の今とは、日常的時間と永遠なる時間が交差する事だと云いました。しかし、そんな生ぬるい表現では言い尽くされません。我々の日常的時間の殻を破って、永遠なるものが入って来て、充満する事であります。
『謹んで真実証を顕さば、則ち是れ利他円満の妙位、無上涅槃之極果なり』(証巻、12の118)と、親鸞は言いました。無限なるものが、我々の中に入って来て充満するのです。
 『今』と言う時間は瞬間ですが、その『今』が継続するのです。それを『利他円満の妙位』と言います。原爆が頭上で爆発したら一瞬に全て無くなります、それは止むを得ません。しかし『無上涅槃の極果』は原爆の前にもびくともしないのです。念仏申して、彼の国に往生すればよいのです。
私はもう九四歳ですので、そんな呑気なことを言って居られますが、若い人はそんな訳にはいきません。極力頑張って戦争にならないように為なければなりませんが、如何なる事かわかりません。誠に厄介な時代になったものです。戦争にならない様に祈るしか道はないのでしょうか。

水琴窟 25

水琴窟 25
問、慈悲と智慧の問題 (続き)
答、曽我先生と北森先生との対談で、曽我先生が『仏教の慈悲と言う考え方は、貴方が言われるような悲と云う事に徹しなければ本当のものに成らないでしょう』と言われたと云う事がありました。その時、『これは今思いついたことではなくて、私はもう30年も前からそのことを憶念し続けてきて居る。』更に、『善導の機の深信と『無縁の大悲』とは深く関わるものである。』と言われたと云うのです。『しかし是は曽我量深が言うのであって、他の真宗学者も仏教学者も誰も認めていない。』と。
これに就いて北森氏は、『そういう発想が、仏教の中にあるとは思いもしなかった。』と言って大変ショックを置けたと語って居られます。
所謂、『無有出離之縁』とは、『人間の絶望』であります。その人間の絶望が、その儘『仏の無縁の大慈悲』と云う事を証してくると云う事です。
『無縁』とは、本来『平等』と云う事ですが、また『縁なき衆生は度し難し。』と言う『如来の絶望』につながるものです。
『人間の絶望』は、『如来の絶望』によってのみ見出されるものであります。人間は自ら絶望出来ないものであります。最後の最後まで夢を見続ける存在であります。
私は、高度2000メートルから墜落しましたが、その時、下を見ると大地が湧き上がってくるのが見えました。あそこまで行けばお終いだなと思いました。それと同時に、
『まあ、何とかなるさ』と思ったのです。結局、私は助かったのですが、死んだ同僚も同じことを思ったに違いないと思います。人間は最後まで、望みを捨て得ない存在だと思います。失望はしても、絶望は為ないものなのです。
それ故に、如来の無縁の大慈悲に依ってのみ、衆生の『無有出離之縁』の相が照らし出されるのでありまして、その照らし出された衆生の眞相は、其の儘、如来の光明の中に摂取されるのであります。
光明に摂取される時、『深信自身』と言って、本当の我が身に目覚めるのであります。真実のわが身に目覚めるとき、我々は、我が身を背負って立ち上がることが出来ます。摂取不捨が、独立する力と成る所以であります。それは智慧の働きであります。
金子大栄先生は、『大悲の智慧』と言われています。此の言葉は金子先生の造語でありますが、曽我先生が、永く『金子先生がああ言うのだが、その意味は解らない』と云っていられたそうです。所が、鈴木大拙先生が『キリスト教は、愛の宗教である、仏教は、智慧の宗教である。』と言われるのを聞いて、『智慧とは何ですか。』と問われたと言うのです。『智慧と言っても、本当は、純粋感情でしょう。純粋感情でなければ、智慧と知識とは同じ質のものに過ぎないでしょう。』と言い、『金子大栄氏が、大悲の智慧と言われたのは、妥当な言葉ですね』と言って、初めてあの言葉を認められたと云います。
智慧と言いましても、言っている本人は、知識と同じ質のものとして意識してるなら。又、愛と言うのも愛欲と同じ意識で言っているならば、曽我先生が言う『純粋感情』とは異なるものに成るのです
人間の主観と客観に分離した知識的な判断としてものを見る限り、智慧と言っても知識の延長線上で、如実知見ではありません。
『純粋感情』と言うのは、『無分別智』であります。無分別智の前に於いてのみ、事実は事実として明らかに成るのです。それを『如実知見』と言います。
私は、『純粋感情』と言われる意味が、中々判らなかったのですが、我々の感情は、全て有漏の意識によって起こる有漏の経験です。純粋感情は、無漏の経験でしょう。智慧と言うのも、有漏の経験である限り、純粋とは言われません。
我々の有漏の経験が、如来の智慧光によって照らされて、照らし切られて『有漏の経験でありました。』と頷き、如来の前に頭を下げ切ったとき純粋感情と言われるのでしょう。
『大悲の智慧』という言葉によって、智慧の知識性を完全に払拭すると同時に、慈悲の情緒性と言うものも払拭して行くのです。其処に誕生するものが、『純粋感情』であって、人間の分別を超絶した『無分別智』の智慧と慈悲であります。
『無縁の大悲』と言う言葉も、無分別智であるが故に、人間の絶望である『無有出離之縁』の我の実相をその儘『摂取不捨』して、『疑いなし、慮りなし、彼の願力に乗じて、定んで、往生することを得。』と言う自覚を誕生せしめるのであります。
中村元先生に『慈悲』と云う著作が有り、『仏教で言う『慈悲』には、『滋』と言う意味はあるけれども、『悲痛』と言う意味はない。』と言われているそうです。
観無量寿経も、確かに『慈』を中心にした教えであります。仏の慈しみが、佛自身の位を捨てる形で、苦悩の衆生に寄り添いながら、衆生を救うと云う形をとっています。ですから『摂取不捨』と言われるのです。この『慈』を中心にした浄土教が、それを徹底していった所に、『悲』と言う問題にまで展開したのです。
其処に『浄土宗独立』と言う問題があります。それまでの天台宗に於いても、念仏は称えられて居ました。それは聖道門の修行では仏に成れそうに無い者が、仏の慈悲に縋って浄土に往生して仏の悟りを開くと言うものでありました。正しく『仏の慈悲に縋って』悟りを開くものであります。
法然は、その聖道門からの独立を宣言したのです。『選択本願念仏集』が、その宣言であります。法然は、『摂取』と『選択』とは同じ意味だと言いますが、『摂取』という言葉に代表されてきた仏教が、 『選択』という言葉で確認された時、慈しみが其の儘、人間的、情緒的残滓を全く残さない『仏の慈しみ』に変革したのです。
慈悲と言う言葉には、どうしても恩寵と言う臭いが色濃く残っています。其の慈悲から恩寵と言う臭いを払拭して、如来の智慧光によって、如実知見のもとに事実を事実の如く見ていく所に、仏教は立つのです。其処に、念仏者の独立者としての生き方があります。金子先生の『大悲の智慧』と言う言葉も、そのような念仏者の生き様を顕そうとされたものでありましょう。
遠く、平安時代から受け継がれてきた『慈しみの佛教』としての浄土教が、正しくその真性を発揮して、ここに『浄土教の独立』が宣言されたのです。我々は、仏の慈しみに依らねば救われません。しかし、負んぶに抱っこと言うよな甘い救いは、本当の救いではありません。それは人間を眠らせる悪魔の仕業であります。
今日、宗教と言えば、殆どが、この程度の『人間を眠らせるだけ』の『負んぶに抱っこ』の宗教に成っています。正しい宗教の覚醒が叫けばれている所以であります。
『仏の大慈悲』に依らねば救いは成り立ちませんが、その大慈悲に甘える『恩寵の宗教』では無く、厳しい『仏の智慧』に依る『独立者』と成る為の『念仏往生の道』に目ざめねばならないのでしょう。

水琴窟 24

   水琴窟 24 
 問、慈悲と智慧の問題
答 北森嘉蔵と言う学者に『神の痛みの神学』という著書があります。敗戦後の占領軍が日本を統治して居た頃に、この本は書かれたもので、当時の厳しい検閲の中ではとても出版は許されないと思い、ガリ版で一部に人に読んでもらえればよいと思って書いたと云うのです。所が出版社が印刷して仕舞って世に出る事になったのだそうです。
 この本が、大変有名になり、北森氏の代表作となりました。後に此の本を読んで、対談の時、曽我量深先生が、『仏教の慈悲と言う事も、貴方が言われるような悲と言う事に徹しなければ本当のものに成らないでしょう』と言われたと云うのです。さらに『自分はもう三〇年も前からこれを想い続けている』と言われたのです。それを聞いて、北森氏は大きなショックを受けられた言います。
 元々、北森氏は、昭和六年に出版された金子大栄師の『日本仏教史観』の中の維摩経義疏の言葉『衆生の実病は痴愛に因りて生じ、菩薩の応病は大悲を以て起こる』と言う文章に出会って、自分の神学を明らかにする当たって、仏教者の言葉の中にそう言う問題が提起されていたと云う驚きをもっていたと云うのです。
 これは、日本人である北森氏の深層意識の中に、無意識の儘に、仏教の思想が生きていて、こういう発想が生まれたのではないかと思われるのですが、仏教の慈悲と言う言葉の中に、唯『慈しむ』と云うだけでは終わらないものがあるようです。
 北森氏の『神の痛みの神学』には、『愛の宗教』と言われているキリスト教の伝承の中に、もう一つしっくりいかぬものを感じていたと言う問題提起が有るのです。
 旧約聖書を拠り所とするユダヤ教と、新約聖書を作りだしたキリスト教との相違点は、ユダヤ教の『神の怒り、峻別』と言った厳しさを、キリスト教は、『愛の宗教』の中に解消していく傾向が見られる訳です。その結果、ユダヤ教の偏狭性を破って、キリスト教の寛容性、弘さと優しさを持つものにしていったのです。所が其処に又問題が出てきます。 夫々の時代の中で、世俗的なものの中に埋没するのです、これはキリスト教だけの問題ではありません。仏教も同じですが、人間主義に転落したり、全てを許すと云う恩寵主義に埋没したり、中々厄介なものです。北森氏もその様なキリスト教団の問題と取り組んで来られたのであります。
 維摩経では、釈尊の多くの弟子たちが、維摩を見舞に行って、皆、維摩の為に打ち負かされてしまうのですが、最後に文殊菩薩が登場して、目出度く収まる訳です。文殊は智慧の持ち主です。此の問題の解決には、智慧が必須の条件なのでありましょう。
 智慧の無い慈悲は、痴愛に溺れます。慈悲を欠いた智慧は、裁きに終始します。慈悲と智慧が両立しこそ、真の救いが成り立つのです。
 話は簡単ですが実際にどう取り組むのかと云う事に成ると、簡単ではありません。此の知恵と慈悲の問題と取り組んできたところに、仏教の歴史的展開が有るのでしょう。  
 法然上人の浄土宗の宣言は、天台宗の傘下にあった念仏を、浄土宗として独立させたのだと言われています。何故浄土宗の独立が、八宗同心の訴訟にまで発展したのでしょうか。
 其処には、従来の佛教を根底から揺るがす問題を孕んで居たのです。従来の佛教は、真言・天台を中心に、自力の修行によって智慧を極めて成仏すると云うのが建前でありました。所が、此の聖道門の修行に耐えられない衆生は、念仏して弥陀の浄土に往生して、修行をやり直して成仏の果を得ようとしたのです。
 其処には、聖道門の修行に耐えられない者と言う弱さを認めるしかない衆生の悲しみがありました。しかも、阿弥陀仏の慈悲に縋って仏道を成就したいと云う悲痛な願がありました。此の弱者としての悲痛な願に免じて往生浄土が許されていたのです。
 其処には、聖道門こそ成仏道の唯一の道であるとの矜恃が保たれていました。所が、『浄土宗の興行によって聖道門敗退す』と云う事になったのです。是は、聖道門の体質が暴露されたわけです。  
 聖道門は元来、成仏道の原理を示すものです。何故釈尊は聖道門の悟りを説いたのかと言いますと、聖道門は仏道の基礎原理です。此の基礎原理の上に成仏の道が建立されているのです。其の為に、釈尊は先ず基礎をしっかり固めてその上に成仏の道を説いたのです。
 聖道門の教えだけでは成仏は不可能であることは先刻明らかであったのでしょう。それ故に、浄土の教えが、聖道門に並んで説かれていたのです。
 浄土門は、インドの民間信仰が紛れ込んだもので、本来の佛教では無いと言う人が居ますが、それは間違いでありまして、仏教の経典も、お釈迦様が生まれるよりずっと以前から伝えられていた神話に由来するものでありましょう。
 お釈迦様は、人間の苦悩の源は何か、救いとは如何なるものか、どうすれば救いが得られるのかと問い続けて、それを明らかにして行かれたのですが、その問いに答えるものが神話と言う形で、既に蓄積されて居たものと思われます。      
 人類の歴史は、今日私達が認識しているより、もっと永い歴史と経験を蓄積しているものようでして、その蓄積の叡智の中から、神話と言うものが語り継がれてきたものでありましょう。従って、民間信仰と言って馬鹿にしてはならないものがある筈です。 
 北森氏の『神の痛みに神学』と言う発想の真意は、『愛の宗教』と言われているキリスト教の教義の中に、『愛の宗教』と言うだけでは抑えきれない問題があるのではないかと云う事でした。其れを受けて、曽我量深師が、『仏教の慈悲と云う事も、貴方が言われるような悲と云う事に徹しなければ、本当のものに成らないでしょう』と言われたと云うのです。
 更に、曽我氏は、善導の『機の深信』と観無量寿経の『無縁の大慈悲』とは、深く関わるものである、と言われているのです。つまり、『出離の縁あろことなし』と言う『機の深信』が、『無縁の大慈悲』と言われる、大悲の無縁性を証して来るものだと云うのです。この二つの事柄は、遂に一つの事柄であると云うのです。
 此の事は曽我先生の独自の説として、やがて葬り去られる危険性があるもので、北森氏は、それではいけない、是非この問題を展開して欲しいと云っていられたそうです。
             (広瀬杲著、観経四帖疏講義、定善義、Ⅲ p1112)
 慈悲と言う事を重大なテーマとしている経典は観無量寿経でありますが、親鸞は、真実の教は大無量壽経であり、観経は方便の教であると言われました。方便とはどうでもよいものと云う事ではありません。方便が無ければ真実は伝えられません。
 しかし、方便は何処までも方便であって、真実こそ重要であることは間違いない事であります。其処に、慈悲と言う問題が、慈悲と言うだけでは終わらない問題を抱えていると云う事です。
 慈悲は智慧によって支えられてこそ、『摂取不捨』と言う慈悲の働きを完全に果たし得るのです。