未分類– category –
-
未分類
水琴窟 42
水琴窟 42 問 不回向の行 答 親鸞聖人は『誠に是れ、大小・凡聖・定散・自力の回向に非ず。故に『不回向』と名くるなり。然るに微塵界の有情、煩悩海に流転し、生死海に漂没して、真実の回向心無し、清浄の回向心無し、』と言い、更に、『三... -
未分類
水琴窟 45
水琴窟 45 問 真と仮と偽 答 そもそも、教には、真と仮と偽の区別が在ると言われます。 『偽というは、則ち六十二見、九十五種之邪道是なり。』 『涅槃経に言わく、世尊常に説きたまわく、一切の外は九十五種を学びて、皆悪趣... -
未分類
水琴窟 45
-
未分類
水琴窟 46
水琴窟 46 問 浄土の定散の機 答 『仮と言うは、即値是れ、聖道の諸機、浄土の定散の機なり』 (12の92) もう一つ,仮に就いて『浄土の定散の機』と親鸞は言われています。是れについても、考えてみる必要がありま... -
未分類
水琴窟48
問 虚無の身,無極の体 答 顔容端政たぐいなし 精微妙軀非人天 虚無之身無極体 平等力を帰命せよ(11の15) 『虚無の身,無極の体』と言う言葉が、大無量寿経に有るのです。其れが、讃阿弥陀仏偈に引かれていまして、和讃にも詠われ... -
未分類
水琴窟 49
問 未生怨 『 阿闍世コンプレックス』コ 答 『未生怨』とは『未だ生まれざる以前からの怨念』と言うことです。観無量寿経の悲劇は、阿闍世自身の『未生怨』と言う怨念が主題になって展開して行きます。 其れは、阿闍世の父母が子供ほしさ... -
未分類
釈迦弥陀は慈悲の父母(9)
釈迦弥陀は慈悲の父母 二尊教について 9 二尊教における弥陀と釈迦の関係を述べて来ましたが、いま何故、二尊教について強調しなければならないのかと言う事を、考えてみる必要があるかと思います。、 宗教は、『一... -
未分類
釈迦弥陀は慈悲の父母 (5)
釈迦弥陀は慈悲の父母 二尊教について (5) 宗教の観念化とは、人間の分別(所知障)に依って、宗教とはこういうもの と決めてかかることです。人間の知識によって宗教を解釈するのです。 私は『水琴窟 14と15』... -
未分類
水琴窟 「二尊教」とは?
問 「二尊教(にそんぎょう)」とはどういうこと?(水琴窟22より) 答 二尊教は、釈迦牟尼佛と阿弥陀如来が、別々の役割を果たしながら、一致して衆生救済を果たして行く宗教であります。 宗教は本来多神教から進化して一神教に成ったと言われ... -
未分類
水琴窟 仏像を拝む意味とは?(part2)
問、仏像を拝む意味とは? (part2) (水琴窟20より) 答、 善導は観教疏に『応心即現』と言いました。『心』とは人間の心の底に隠れている。『真実に遇いたい』と言う『人間至奥の要求』であると云いました。如来は此の『心』に応えて『東域に...